インドでの旧高額紙幣を使用禁止へ−フィンテック市場からの反応は−

11月8日、世界中の人たちがアメリカ大統領選挙に注目する中、インドではもう一つの大きな事件が起きていました。ご存じの方も多いかもしれませんが、その日を境にこれまでの500ルピー札および1,000ルピー札の使用を突然停止する、というモディ首相から発表されたのです。突然の高額紙幣の使用停止により、市場に出回っている紙幣は激減しキャッシュレスによる取り引きが促されているように思います。

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(写真:飲食店で「丁度の金額かクレジットカードのみでの決済が可能」との張り紙)

本記事では、簡単に今回の政策の概要をおさらいした上でインドのフィンテックスタートアップへの影響を考察していきたいと思います。

今回の発表によって旧500ルピー、1,000ルピー札の使用が不可能に

今まで使えていた500ルピーおよび1,000ルピー札はインドの中で最も額面が大きい紙幣の2つでした。今回の発表は、使用停止が始まるまでの時間はわずか4時間でした。年間100兆円もの取り引きがある内の90%以上が現金で行われていると聞けば、いかにインドが現金主義の市場であり、今回の政策による影響の大きさも分かるかと思います。

一方で、500ルピー、1,000ルピー札が一度にただの紙切れになったわけではありません。政府の方で決めた交換の期間および方法に乗っ取れば資産が一度に無くなるというわけではありません。従って、今回の政策によって損益を被るのは不法な形で財産を所有していた人たちに限定されるようになります。

今回の500ルピー、1000ルピー札の使用停止の目的は?

今回の500ルピー、1,000ルピー札の使用停止の目的は大きく以下の3点があると言われています。

  1. 脱税対策、マネーロンダリングの撲滅
  2. 偽札対策
  3. 資産把握

上述の通り、インドに済む人々の多くは現金を扱い、いわゆるタンス預金をしている人たちも多く居ます。現金での取り引きは政府からはトラッキングしきることが大変難しく、結果的に脱税手段として日常的に行われているのが現実でした。そして、そのタンス預金時に所有する500ルピー、1,000ルピー札です。

この今回の政策により、相当な税収入が見込まれます。今夏に、インド政府が4ヶ月間かけて実施したアムネスティ(租税特赦)での申告件数は6万4275件に上り、回収総額は98億ドルとなりました。今回も同様の効果が期待できます。

政策によるフィンテック市場への影響は

これまで、現金主義の文化はフィンテック市場の壁の一つとして捉えられていました。今回の政策によって、一時的ではあるかもしれませんがフィンテックのサービスの多くが使われ始めています。

今回の政策によって最も直接的な恩恵を受けたのは「モバイルウォレット」のサービスを提供しているPaytmやMobikwik、Oxigen、PayUMoney、Freecharge、Momoeなどのスタートアップです。また、大手の中でもオンラインでのウォレットサービスを提供しているSBI Buddy、Citi Masterpass、ICICI Pocket、HDFC PayZapp / Chillr、Axis Limeなども同様です。これらのサービスは今回の政策により取引量及び、新規ユーザー獲得において大変な恩恵をうけることとなりました。これまで現金主義であった潜在顧客層が本件を皮切りにいかに利用価値の高いサービスを提供できるかが鍵となってきます。

Ola Cabが提供するモバイルウォレットサービスの「Ola Money」は、Modi首相の演説後15時間でチャージ額が15倍に膨れ上がり、Paytmは9日(Modi首相による発表の翌日)にアプリのダウンロード数が200%、取引量が250%増加、チャージ額が400%、取引額は1000%増加したようです。(参考:Modi’s surprise move on rupee notes has come as a pleasant surprise indeed for Indian internet startupsQUARTZ)。Mobikwikは、19日までに今回の騒動以後で取引額が2500%増加しました。

インドで有名なエンジェル投資家であるAjeet Khurana氏(Kalaari Capitalのアドバイザー)は、今回の政策がどの様にインド経済に大きな影響を与え、さらにフィンテック企業がいかに重要な新興企業であるかを説明しました。Ajeet氏によれば、経済状況は短期的に、翌月以降も続くかもしれない大混乱が予想されますが、長期的には経済にとって極めてポジティブな影響を与えるステップであると述べています。

今回の政策に対して各サービスからのツイートやその反応からも、いかにモバイルウォレットへの影響が伺えます。

インドのスタートアップ関係者からの反応は

ソフトバンクグループの元副社長であるアローラ ニケシュ氏は以下のようにコメントしています。

CitrusPayの共同設立者であるJitendra Gupta氏は、「これから、デジタル決済は主流な決済手段なるでしょう。 これまで大半を占めていた現金による支払いは、首相によって一瞬の内に難しい手段となりました。 私たちは今後、デジタル決済の黄金時代を迎えるだろう」と語っています。

MobiKwikの創設者のBipin Preet Singh氏は、「500ルピー、1000ルピー札が使えなくなることに国民は当然驚きます。 彼らは手元にある利用可能な紙幣で何を買うか、そして使用できなくなった旧紙幣を銀行で交換する方法を考えています。 さらに、今後50日間も現金引き出しに制限があるため、デジタル決済を採用していない何百万人ものインド人が、日常生活の取引にモバイルウォレットやデビットカードを使用する他なくなります。一般人のみならず、小売業者にとってもそれは変わりません。 カード/モバイルウォレット受け入れになければ営業にも影響が起こるため躊躇できません。そして一度全ての旧高額紙幣が銀行に預け入れられれモバイルウォレットの利用率が高まれば、Eコマースの代引きによるトラブルもほとんど無くなるでしょう。(インドではEコマースの決済手段として代引きが大半を占めているが、多くのトラブルの元にもなっており、Eコマース事業会社の悩みの一つとなっています。)

また、同氏は、「インドのユーザーは毎年1兆ドル相当の支払いを行いますが、そのうちの90%以上が現金です。 そして、MobiKwikは2017年に10億ドルの支払いを処理する見通しがありましたが、今回の政策によってそれは10倍へと上方修正しています。」

Eコマース同様にモバイルウォレットを利用あるいはモバイルウォレットに接続されたサービスを提供するスタートアップも今回の恩恵をうけています。GrofersのようなハイパーローカルのサービスやタクシーアグリゲーターのOla Cabなどがそうです。食品配送サービスなどをモバイルウォレットを使用してオンライン決済を提供し、促進するような多くのサービスは、現金を扱う伝統的な小売業者からシェアを獲得する良いチャンスとなります。

Olaの共同設立者兼最高経営責任者、Bhavish Aggarwal氏は次のように述べています。「私たちはModi首相のこの画期的な動きを歓迎します。 国家として、これはすべてのインド人にとって利便性と透明性をもたらすための最初の大きな一歩です。 この動きは、デジタルインドの共通のビジョンを実現する上で不可欠です。

モバイルウォレットのみならず、ブロックチェーン市場にも影響が

Trestor(「Trests」と呼ばれるビットコインのようなブロックチェーンベースの取り引きを可能にしているサービス)を創設したKunal Dixit氏は、今回の件に関してコメントをしています。

「500ルピー、1,000ルピー札が失効する前にTrestsへと交換したいとの注文が殺到しました。こんな事は今までもなく対応に追われる限りでした。今後このような事が起きた際の対応方法をインド準備銀行(RBI)とも相談して取り決めて行きたいと考えています。」

ビットコインなどの通貨はインドでは現在規制されておらず、RBIはまだ明確な指針を出していません。予防措置として、そしてモディ首相の考えを支持するためにTrestorは規制当局からの対応方法が明確になるまで換金に応じなかったそうです。

多くのフィンテックプレイヤーが肯定的な意見を表明している一方で、インドのビットコイン取引プラットフォームであるUnocoinのCEOで共同創業者のSathvik Vishwanath氏は悲観的な意見を持っていました。「意図は明確であり、目標とする状態も理想的ではあるが、完全にブラックマネーを無くすことは現実的にはまだまだ難しいであろう。ましてや、キャッシュレスなのが決済の唯一の方法だとすれば、そのタイミングでボーダレスであり、信頼性があり、透明性も高いビットコインの大規模な導入をしなくては意味をなさないだろう。」

旧高額紙幣が使用停止となってから、既に10日ほどが経過しました。まだまだ混乱が収まらないインドの市場ですが、今まで現金を優遇していた小売店がクレジットカード決済を認めたりモバイルウォレットでの決済を導入した張り紙などが見受けられるようになりました。今回の政策はモバイルウォレットなどのフィンテックスタートアップに対しては良い変化であることは変わりません。この転換期にいかに市場全体からデジタルな決済が浸透していくかが今後のフィンテックスタートアップ成長の鍵となりそうです。

島村 知寛 (Chihiro Shimamura)
学生時代から東南・南アジアを中心に渡航を繰り返し現在はインドにてベンチャーキャピタルにて主にリサーチ・ネットワーキングの仕事をしています。統計解析の研究室に居たこともあり、AIを始めとした技術周辺や途上国ならではのスタートアップから社会を変えていく潮流がとても好きです。
島村 知寛 (Chihiro Shimamura)

島村 知寛 (Chihiro Shimamura)

学生時代から東南・南アジアを中心に渡航を繰り返し現在はインドにてベンチャーキャピタルにて主にリサーチ・ネットワーキングの仕事をしています。統計解析の研究室に居たこともあり、AIを始めとした技術周辺や途上国ならではのスタートアップから社会を変えていく潮流がとても好きです。